日本人の本来性

坂本 欣哉

縄文に遡る日本人の本来性

大阪南郊の羽曳野に、用明天皇第4皇子で、聖徳太子の弟君に当たる来目皇子の陵墓と治定されている塚穴古墳があり、その参道入口に隣接して、あたらしい道「縄文の杜ふれあい館」がある。入場すると、土器と土偶のレプリカに迎えられ、4ビジョンにより日本の原風景が映し出され、あたかも魔法の絨毯で空を飛んで、一万数千年前に遡って、縄文の時代に引き入れられるような気にさせられる。

縄文時代が一万年以上続き、争いごとの無かったことが強調され、「縄文人の心を宿したDNAはあなたの身の内にも脈々と受け継がれています」と、展示説明文は語る。豊かな生活状況で永い年月を過ごした様子がうかがえ、現代人の忘れている一面を思い出させてくれる施設である。

縄文時代は、最終氷期の終了した時期から始まった日本の歴史表記であり、1万数千年続いた。最終氷期は7万年前から始まった一番新しい氷期のことで、当時の海面は120mも低く、北海道と樺太、ユーラシア大陸は陸続きとなっており、瀬戸内海や東京湾はもとより、東シナ海も陸地であった。

この氷期が終わると日本海には黒潮から分かれた対馬暖流が流れ込んでくる。その時から日本海は息を吹き返したように活性化して行く。日本海は四つの海峡(間宮海峡、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡)に囲まれた洗面器を沈めた様な海です。いわゆる縁海です。しかも宗谷、対馬海峡は水深が浅く100mから70m前後、間宮海峡は10m前後で、冬は氷上を歩いて渡れる程度、津軽海峡が最も深く最深で450mです。

この対馬海峡から入った暖流は日本海海面の表層を北上し、間宮海峡まで来ると冷やされ、海底に向かって沈降し、こんどは逆に対馬海峡に向かう循環が生じる。約100年周期で一回転するそうだ。太平洋は1000年周期と言われているので、それの十分の一の早さだ。日本海で起こる状況は、例えば温暖化による環境変化等は、十倍の年月を経て太平洋側に現れると言われている。

暖流が北上する際、海水は蒸発し、偏西風と寒気団によって夏は雨、冬は雪となり日本海に沿った日本の陸地に多量の水分を供給してくれる。雨は直ぐに海へと流れてしまうが、雪は保水庫となり、年間を通して水分を安定供給してくれる。その結果、日本海は北陸地方や山陰地方に植物が茂り易い環境を作り出してくれた。縄文時代には樹木が生い茂り動植物が豊富で、縄文人は食べ物には困らなかったと想像できる。

縄文人が永い間争いのない生活を続けてこられたのは、土地の恵みを享受し、自然を愛し、また畏れ、そして受け入れ、自分達は自然と共にあると自然を敬い、自然の中の全ての物に神が宿っていると戴き、自然から学びながら生きてきたからでしょう。

この自然を拝(おろが)む素直で、まことのまことの気持ちこそ、人間としてのあるべき姿の原点であり、日本人には既にこの時代にその元の元が誕生していたと言えよう。すなわち、日本人気質の原点となって引き継がれてきていると思われる。