―天竜川の治水―

金原 明善 (きんぱら めいぜん)

泉崎 博明

『人間は与えて与えて与え尽くしたら、
もう与えるものがないようになる。
そのとき天から徳が下る』(松木草垣女史)

かつて、江戸時代末期から明治・大正時代にかけて、右の言葉の見本のような生き方をして、大正12年に92歳の天寿を全うした人物がいた。金原明善その人である。

あばれ天竜

「金原明善」を語るにはその前に触れておかなければならないことがある。それは「天竜川」についてである。

天竜川は静岡県の西部を流れる大河で、その源を長野県の諏訪湖に発し、多くの支流を統合しながら、木曽山脈と赤石山脈の間の伊那谷を南に流下して、浜松から遠州灘に至る、延長213キロの一級河川である。

この川の異名を「あばれ天竜」というごとく、その流域は古来幾多の水害に悩まされてきた。流域一帯は土質が脆弱なため、降雨による地すべりで多量の土砂を下流へと押し流すため、下流地方の水害は常に大規模なものになるのであった。