台湾を救った陸軍中将

根本 博

田上 敏明

義とは

今稿のテーマであります「義の日本人」に入る前に、現代の日本社会では死語に近い「義」という言葉について、考えてみたいと思います。今から登場する「根本博」という人物の行動規範の理解に繋がるのではないかと思うからです。

そもそも「正義」「仁義」というように熟語として使われ、単独の「義」という字句は、聞きなれない言葉です。もちろんのこと中国から来た文字ですが、現代の日本人のほとんどの人は意味の分からない、理解するに程遠い言葉でありましょう。

「義」の漢字を分解すると「羊と我」で組み合わされていて、我の上に羊を乗せた姿が 「義」であります。つまり「羊」は捧げるものであり、「義」とは 自分(我)を何かに捧げるという意味なのであります。「何かとは」目に見える形に表されるものではありません。

また、父母の時代にはよく耳にしていましたが、「義理を欠く」「義理を立てる」という言葉も今あまり耳にすることもなくなりました。意味は、「対人関係や社会関係で、人間として守るべき、行わなければならない道筋」を言います。

言い換えれば、日本人が本来持っていた行動規範である、「自分を後回しにしてでも、他人のため、公のために尽くす」という高貴な精神が「義」なのです。

武人である軍人は、常に極限状態に身を置きながら生きることを余儀なくさせられるので、自分を律するために武士道精神である「義の心」を身に着けていました。