有難い国、日本

内藤 賢太郎

「一君万民」の有難い国

戦後、アメリカは日本が再びアメリカに対抗することが出来ない様にするために、最も腐心した「占領政策」は日本の「国体」の弱体化でした。戦時下、敵国アメリカを最も恐れさせたのは天皇を中心とした日本民族の結束力でした。

故にアメリカは「天皇の制度」そのものを残すことは許しましたが、「一君万民」の民族思想を徹底的に破壊し、「国体」を形骸化しようとしたのです。裏返すと、この「一君万民」の国体こそが日本の有難い国の本質だといえるのです。

しかし、残念ながらアメリカの弱体化政策は功を奏し、日本国民は愚かにも「国体の有難さ」を喪失してしまいました。

「一君万民」のこの国の形は、人智で作られたものではなく、天が定めた仕組みです。故に、日本の国民が天皇を国の中心と思い定め、天皇陛下を親として崇め敬ってこそ天意に添うものです。天皇はいつの時代にあっても「常に無私。ただ、ひたすらに国民を思う」ご存在でした。果して私たち国民はその大御心にいつになったらお応えできるのでしょうか。

元最高裁判所長官横田喜三郎は「天皇が単なる血統に基づいて皇位を世襲するのは民主主義に反する」と言いました。「単なる血統」とは何という暴言か。

世界に類を見ない「万世一系の天子」が二千七百年に渡って続く、まさに、人類史上の奇跡と言われている「血統」です。これこそが日本民族の特性であるハズです。

天皇は日本民族のカナメ。天皇を失うと民族の統一は破られます。天皇陛下の「無私」の大御心に対しまして、「国民の深甚なる敬慕」でお応えできたとき、初めて一君万民の国として「皇の理」は燦然と輝くのです。これが国替えです。