有難い国、日本

内藤 賢太郎

天与の風土に恵まれた有難い国

元々の日本人に「心がなかった」ということは欲がない。即ち、あれが欲しいこれも欲しいという余計な思いがないから、必然暮らしぶりは「地味」だったことでしょう。

しかし、足ることを知った人々はおおらかでどこまでも朗らかであったに違いありません。裏返せば、元々の日本は何も欲しがらなくても、つつましく生きるのに充分な実り豊かな天与の国であったという事です。

とはいえ、稲を育てる雨は、降り続ければ田畑を流す洪水となり、何日もの間、降らなければ旱魃となる。故に、人々は敬虔にして日々、天に平穏を祈りました。次の歌はそうした豊かさと厳しさを合わせ持つ風土の中で日本人が誠実でつつましやかに生きた姿を彷彿とさせます。

『この秋は 雨か風かは知らねども
 今日のつとめの田草とるなり』
 (詠み人知らず)

「日本の文化は米づくりの上に築かれ、山や川の自然も農民により米作りを通じて守り育てられてきたのです」と語る評論家富山和子さんは三十年間『日本の米カレンダー』を発行し続け、そこには瑞穂の国日本の季節感あふれる田園風景がある。

しかし、一方で富山さんは「日本人の米離れや農業従事者の高齢化問題は深刻で、もしも米作りが廃れたら、山紫水明の国土は荒廃し、農村の姿は一変してしまう」と、危機感をあらわにしています。

みたまの働く人々が集う有難い国

平和の礎の二つ目はこの国に寄せられた人々がお互いのいうことを「そうだそうだ」と言って、うなずいて聞く人だったことです。これなら争いごとの起きようハズがありません。「それは違う、それはおかしい」といってすぐに対立する今の世とは大違いです。

一方、何事によらず「そうだそうだ」と応じられる人というのは「自分がない」人です。「自分がない」というのはもともと自分の考えや思うことがないということです。ところで言っている側もそれを聞く側も共に「自分がない」としたら一体、やり取りする言葉はどこから発せられたのでしょうか。

答えは身の内の「みたま」からです。「自分がない」と身の内のみたまが働きます。元々「みたま」は天が日本人の身の内にはめ込んでくださったもの。故に、天の分かれです。それでみたまを「根」といい、天はその元根です。

天上の元根は「みたま」を通じて人にもの(言葉)を言わせます。「言葉は神なり」とはこのことです。「みたま」がものを言ったり、また、「みたま」から言葉が聞こえる人を「みたまそのもの」といいます。即ち、元々の日本は「みたまそのもの」だったのです。「みたまそのもの」の人々の集りは将に、地上の楽園だったと云えるでしょう。世界中のどこにこんな平和な有難い国があったでしょうか。

あたらしい道のめざす国替えは「日本人がみたまに還ること」です。いいかえれば、元々の日本がそうであったように「みたまそのものの人ばかりの国になる」ことが根の教えによる国替えなのです。