南方熊楠(みなかた くまぐす)

天衣無縫の生涯

市野 一夫

天才的な記憶力と好奇心

「南方熊楠って誰?」と言われる方もいらっしゃるかと思いますが、熊楠のことを知れば知るほど、彼のスケールの大きさを思い知らされます。記憶力も抜群であり、語学力も天才で、英語は勿論のこと、フランス語、ドイツ語、さらにスペイン語、ラテン語と18ヶ国語に通じており、これも記憶力の良さがあってのことと思います。

熊楠は慶應3年(1867年)4月和歌山市に生まれました。小学生の頃から神童と呼ばれ異才ぶりを発揮していました。

和歌山中学を卒業して、東京大学予備門(現 東大教養学部)に入るが、退屈な授業に飽き足らず、1年で退学して米国に留学します(明治20年)。

米国生活4年、そして次に英国に渡って10年、主に大英博物館で勉学に励みます。米国ではミシガン州立農学校に入りますが、大学には行かずに専ら図書館に詰め、動植物の観察と読書にいそしむ毎日でした。

米国生活が飽きて英国に渡ったのではなく、彼なりに米国の本当の力を見抜いて、これ以上は滞在しなくても良いと思ったからだと思います。彼にはその位の洞察力があったのです。

熊楠伝 episode1

漢文の百科事典『和漢三才図会』

熊楠が5歳から10歳の頃。江戸時代に編纂された全105巻の漢文による百科事典『和漢三才図会』を同級生の家で読ませてもらい、それを丸暗記し、家に帰り写本したと言われている。これ以外にも『本草綱目』や『大和本草』など多くの写本があり、現在は「南方熊楠記念館」に展示されている。