シリーズ「日本が危ない」③

自虐史観が国を滅ぼす

中井 健

東京裁判史観の大いなる弊害

極東軍事裁判(東京裁判)は、昭和21年5月から昭和23年11月まで実施されました。連合国によって、戦争犯罪人に仕立てられた日本の指導者、軍人等を裁いたものです。いわば戦勝国の勝手な論理で、国際法違反となる事後法で断罪したのです。また近代法では、罪刑法定主義が基本です。これは、罪(犯罪)と刑(刑罰)をあらかじめ法定(法律で定める)していないと、処罰できないということです。次の、(A)平和に対する罪と、(C)人道に対する罪は、明らかに国際法を無視したものです。
(A)平和に対する罪、(B)戦争犯罪、(C)人道に対する罪

従って、A級、B級戦犯と言うのは前述のカテゴリーで区分したものであり、重い、軽いの区別ではありません。

昭和23年12月23日、平成天皇(上皇陛下)の誕生日に、A級戦犯の東条英機を始めとする7名が絞首刑に処されました。

この東京裁判史観は、前述した検閲制度により、一切の批判が禁止され、今も続いています。

インドのパール判事は、一貫してこの東京裁判には法的根拠が無いこと、従って被告全員が無罪であることを主張しましたが、少数意見として斥(しりぞ)けられました。

東京裁判に法的根拠がないということは、裁かれたのは犯罪人ではない。「裁かれた」のではなく報復リンチにあったようなもので、戦争犯罪裁判で命を落とした人は、言ってみれば「戦死者」です。昭和27年4月に独立を回復した時から、日本政府は直ちにこの人たちの名誉回復にとりかかり、昭和28年の国会では全会一致(共産党も含む)で「戦犯として処刑された人々は、法務死であって戦死者とみなす」と決議しました。

よって日本には戦犯なるものは存在しない。戦犯と呼ばれる人々は全て戦死者であり、戦場の戦死者と等しく靖国の英霊であることに変わりはないのです。

写真:東京裁判

マッカーサーの反省

昭和26年5月3日、アメリカ上院の軍事外交合同委員会、いわゆるマッカーサー聴聞会での証言は衝撃的なものでした。要旨は次の通りです。

(1)「私の個人的見解だが、アメリカが過去百年に太平洋で犯した最大の政治的過ちは、共産主義者がシナにおいて勢力を増大していくのを黙認してしまったこと」

(2)「日本が潜在的に擁している労働力は、量においても質においても私がこれまで接した中の最も優秀なものです。日本の労働者は労働の尊厳とでも呼ぶべき何かを発見しています。
それなのに彼らは労働の価値を実現すべき原料・資財を持たない。日本には蚕以外に固有の生産原料はほとんど無いのです。日本人は、もし海外からの原料供給を断たれたら、一千万から一千二百万人の失業者を生ずるであろうことを恐れていました。 ですから日本人が戦争に飛び込んだ動機は主として、安全保障の必要に迫られてのことだったのです(自衛のため)。」

マッカーサー自身も、日本は自衛のため、やむを得ず戦争に至ったと言っているのです。ABCD包囲網と呼ばれる、アメリカ、イギリス、中国、オランダによる経済封鎖は、すさまじい効力を発揮し、日本は戦争に飛び込む以外に道はありませんでした。

このようなマッカーサーの証言は、占領が終結して、独立国家になってからもメディアは取り上げませんでした。