シリーズ「日本が危ない」③

自虐史観が国を滅ぼす

中井 健

自虐史観とは、大東亜戦争後の日本の社会や歴史学界、教育界、マスメディアにおいて、史実と異なる記述や、日本の歴史の負の部分をことさらに強調することで、日本を貶(おとし)め正しい判断を鈍らせようとする歴史観である。ほぼ同種の言葉として、東京裁判史観、日本悪玉史観がある。

百田尚樹氏の
『日本国紀』が書かれた訳

百田尚樹氏がベストセラーとなった『日本国紀』を書いた動機は、「国が危ない」という危機感からでした。ケント・ギルバート氏と対談した時に、「アメリカでの歴史教育はどうなっていますか」と質問したら、「アメリカでの歴史教育は、それを学ぶと、子供たちの誰もがアメリカを好きになります。アメリカに生まれたことを誇りに思う、喜びに思う、そういう歴史教育です」。という言葉が返ってきました。今の歴史教育を放置していては、未来の日本を担う子供達は祖国を愛せなくなってしまう。百田氏はそう考えたのです。

ひどい授業とは

もう一つの執筆の動機は、かつて『正論』(産経新聞社発行)の元編集長・上島 嘉郎さんに聞いた話として、三重県四日市市の某公立中学校で行われた「酷い授業」に衝撃を受けたことが挙げられます。

「酷い授業」とは何か――。「こんな授業を受けたら、日本の子供たちは誰でも日本が嫌いになってしまう。御先祖を憎悪するようになってしまう」授業でした。

平成10年に行われた道徳の授業(中学1年生対象)は、「在日韓国朝鮮人問題」を主なテーマに「朝鮮と日本の歴史」以下三つの段階を踏んで進められました。

最初の「朝鮮と日本の歴史」という段階の指導案にはこう書かれていました。「古代より日本にとって大恩のある朝鮮に対し、近代からの日本の朝鮮に対する非道な政策と、それによって苦しめられてきた人々の歴史を学習する」とあり、この箇所の「教材について」には、韓国併合、武力支配、創氏改名や強制連行などといった項目に重点を置くとしたうえで、「これらの史実は、朝鮮を植民地化し、朝鮮人の人権、生命を著しく侵害したものであり、日本人に内在する残虐性をさらけ出すものである」というのです。

さらにこの授業の指導案のまとめである「指導上の留意点」には、「日本の行為の無謀さ、不条理さへの驚き、怒りを引き出し次につなげたい」とあり、もっと驚かされたのが、「教師側の意図」に記された次の一文です。

「細かい歴史事実の相関関係よりも、日本が自国の利益のためにアジア、とりわけ朝鮮の人々に甚大な犠牲を強いたその身勝手さ、酷さが伝わればよい」。

いやはや、「細かい歴史事実の相関関係」よりも、日本人の「身勝手さ、酷さが伝わればよい」とは、いったいどこの国で行われている授業なのか。これは“洗脳”以外のなにものでもない。結果として、授業を受けた子供たちはどのような思いを抱くに至ったか。「歴史学習後の反省」には、次のような生徒の感想が記されています。

「私は自分が日本人であることを恥ずかしく思った。同じ日本人として日本人に腹が立った。」「勉強して、過去の恩を仇で返すようなひどいことをして、朝鮮の人たちを深く悲しませ、傷つけたんだと知って、日本人が朝鮮の人から嫌われても仕方がないと思った。」「僕たちの先祖があんなことをしていたと考えると悲しくなる。創氏改名や強制連行、虐殺など、無茶苦茶をしていたと知ってとても驚いた。当時の日本人は最低だと思った。」

日本教職員組合(日教組)の組織率は長期低落傾向が続いていて、公立学校(義務教育)の教職員の加入率は21・7%(令和元年10月1日時点)です。このような授業は減ってきていると思いますが、長い年月に渡り、子供たちを日本嫌いにしていることは確実です。