「明治のころに一度 還る」

田上 敏明

世界と接して変質していった
日本人の美徳。

戦後日本が歩んだ道

日露戦争に勝利した後、日本の指導者たちは、過信し、傲慢になりました。膨大な国費をかけて編纂した日露戦争史は、当時の世界情勢や自国の現状などを、指導者たちの都合のいいように編纂し、明治が終わると間もなく、指導者や政治家、軍人たちは、第一次大戦、シベリア出兵、満州事変、大東亜戦争に突き進み、ついには昭和20年の敗戦を迎えることになります。

しかしながら、見方を変えていうならば、この敗戦がなければ、政治家や指導層は、思い上がり、今よりも、もっともっとどうしようもない国になっていたかも知れません。敗戦に至ったのもある意味では仕方なかったかと思う気持ちもあります。

昭和20年は、日本人の心の価値観の大きな転換期であり、国の分断の始まりとなっています。占領政策や憲法の解釈など色々な間違いは、確かにあります。それを見直すことなく、経済優先で今までは来ています。

共に生きる、利他で生きる高貴な日本人は、敗戦から立ち直るため豊かさを求めました。昭和25年の朝鮮戦争の勃発も、その意味からいえば、天佑でありましょう。

日本人の美徳である「公に奉仕する」も、今の時代では、よく言って個人主義、悪く言えば「自分さえよかったら」の自己中心主義に変質しました。

経済第一主義・拝金主義(お金がすべての価値観)、さらに言えば「自分に都合が良い事」が幸せと感じるのは、すべて「分」を超えた欲望の充足に過ぎません。道徳教育の欠落、歴史教育の偏向も、ひいては国民全体を不幸に導くことに繋がります。

平等思想も誤りである。「天は、人の上に人を作り、人の下に人を作る」のである。人権においては平等ですが、男女の差においても、当然の事ながら男は子供が産めませんし、女性の多くは男ほど重い荷物はもてないように、大自然からそのように作られていて、お互いの分を活かし助け合って、主人である夫や父親を立てていく社会が、日本の家族の在り方であった筈でありましょう。

このように、元々持っていた日本民族の美風は、正に世界のどこの国民も持っていない稀有なものであります。瀬戸際まで来ている現代社会では、民族の文明の崩壊が今そこまで来ていると言っても過言ではありません。

明治のころに一度還るために

これを書いている最中に、新型コロナウィルスの世界的な蔓延と日本国内の感染者の激増で、日本中はヒステリックなパニック状態になっています。ウィルスは、日本人の内面を狂わす毒性を持っている。感情のささくれを生み、とげを生み、人々の分断を図る、自制や内省と言った理性の働きを弱めることが、ウイルス禍のもう一つの怖さかもしれません。

世界中で、金融ショックでないにもかかわらず、ヒト、モノ、カネの停滞、行動の規制で景気の減速どころでなく、世界恐慌の様相さえ呈しています。

日本人が経済優先主義に徹し、官民挙げて富を追い求めた結果、国を守る(有事法制や安全保障、憲法改正)事を考えることなく暮らしてきました。結果責任と言わざるを得ません。

その70有余年の間に、自分優先主義となり、思い通りにならないと不安に駆られ、先行きを案じ、ストレスによって人を責め、我が子を虐待死させるような社会が出来てしまったのです。これは、すぐにでも変革せねばなりません。

明治のころに一度、還るには、私たちの思いの在り方を変える必要があるのです。今まで述べてきたように、現代の日本人が建て替わるには、人力のみに頼った努力は限界に来ています。本来の日本人としてあるべき姿勢を再生することは、もはや手遅れである、というしかありません。

今回の新型コロナウィルスにしても、誰もが予測不可能な大自然の見せつけです。人為でなく(中国の初動のミスは、人為とも言えますが)、大自然や、見守っている私たちの祖先が警告を発した、天意とみるべき事象であります。そのことによって、日本人の本来性が目覚め、冬のような厳しい時代を越してこそ、日本人の心構えの一新となります。

やがて国が替わり、明治の初めのような暖かな春が来るに違いないと確信しています。